「技術がすごい」だけでは、もう伝わらない。米国ヘルスケアPRに学ぶ、企業の存在意義の伝え方

AIを活用する白衣を着た医療従事者と奥に患者がいる病院

AI、再生医療、医療機器、デジタルヘルス――。

ヘルスケアの世界では、日々、新しい技術や製品が生まれています。しかし、どれほど優れた技術を持っていても、その価値が社会に正しく理解され、信頼や共感につながるとは限りません。

私はヘルスケア企業の社外取締役を務めていることもあり、最近、米国のヘルスケア分野におけるPRの動向を調べています。

その中で注目したのが、「PRWeek Healthcare Awards 2026」(*1)です。受賞・最終選考に残った事例を見ていると、現在の企業コミュニケーションがどこへ向かっているのか、非常に興味深い傾向が見えてきました。

共通していたのは、単に製品の性能や技術力をアピールするのではなく、

 

「自分たちは、誰の、どのような社会課題を解決しようとしているのか」

 

を起点にコミュニケーションを組み立てていることです。
これはヘルスケア企業だけに限った話ではありません。
歴史や技術、実績を持ちながら、それを社会との関係の中で十分に言語化できていない日本企業にとっても、多くの示唆があると感じています。

 
 
 
 

AIの価値を「時間短縮」で終わらせない

2026年のPRWeek Healthcare Awardsでは、医療向けAIサービスを提供するSukiとPR会社SolCommsによる「Saving Doctors’ Time Through Suki AI」が、ヘルステックプラットフォーム部門を受賞しました(*1)。

Sukiが紹介する第三者調査によると、同社のAIアシスタントを導入した医師では、診療記録1件当たりの作成時間が41%減少し、時間外作業も1日約48分削減されたといいます(*2)。

しかし、私が注目したのは、単なる「業務時間の短縮」ではありません。

Sukiは、記録業務の負担を減らすことで、医師が患者の話を聞き、説明し、治療に集中できるようになることを、その技術の本質的な価値として伝えています。

つまり、AIの性能を語るだけではなく、「医師と患者の関係をどう変えるのか」という社会的な意味まで示しているのです。

 

製品ではなく、その先にある社会の変化を語る

オムロンヘルスケアとAscent Strategy Groupによる「Introducing the First BPM with AI-Powered AFib Detection」も、「Best in Health Tech」部門のファイナリストに選ばれています(*1)。これは、AIを活用した心房細動の検出機能を備える血圧計を紹介したプロジェクトです。

私がこの事例から感じたのは、製品の性能だけでなく、家庭での継続的な測定を、早期発見や予防医療へつなげたことです。

血圧計を単なる測定機器としてではなく、家庭を起点とした継続的な健康管理の一部として捉え直す。そうすることで、製品の価値は医療DXや予防医療という社会的なテーマへと広がっていきます。

企業が伝えるべきなのは、必ずしも「製品の特徴」そのものではありません。
その製品が普及することによって、 

  • 誰の生活が変わるのか

  • どのような不便や不安が減るのか

  • 社会がどのような方向へ進むのか


まで示すことが、企業への理解や信頼につながっていきます。

 

人は技術ではなく、「変化した人生」に共感する

今回の受賞事例を見て、もう一つ強く感じたのが、患者や医療従事者のストーリーが重視されていることです。

企業がいくら「社会の役に立つ技術です」と説明しても、それだけでは抽象的です。
一方で、

「この治療によって、患者の生活がどう変わったのか」

「この仕組みによって、医療従事者の働き方がどう変わったのか」


という具体的なストーリーには、人が自分ごととして理解できる力があります。

医療分野では、学会やイベントで患者本人に登壇してもらい、自身の治療体験や生活上の変化を語ってもらう機会があります。

しかし、患者本人が高齢であったり、体調や移動に不安を抱えていたりするため、実際に会場へ参加することが難しい場合もあります。

米国のバイオ企業ImmunityBioとPR会社Ruder Finnは、この課題に対し、医学研究をもとにした架空の「AI患者」をつくり、学会で患者の視点を伝えるという試みを行いました。この取り組みが評価され、PRWeek Healthcare Awards 2026で受賞しています(*1)。

私がこの事例で注目したのは、AIという技術の新しさそのものではありません。
「患者本人がその場に来られない」という課題に向き合い、患者の視点を医療関係者へ届けるために、新しい技術を活用したことです。

技術を前面に押し出すのではなく、その技術によって誰の、どのような課題を解決しようとしているのかを伝える。そこに、この取り組みの広報PRとしての価値があるのだと思います。

 

社会の出来事を、ブランドの物語へ変える

ストーリーテリングという点で特に印象的だったのが、スキンケアブランドCetaphilの「We’re All a Lil Sensitive」というキャンペーンです(*3)。

ニューオーリンズ出身のラッパー、Lil Wayneは、地元で開催された2025年のスーパーボウルのハーフタイムショーに選ばれず、その落胆を公に語っていました。
Cetaphilは、この社会的・文化的な話題を「敏感さ」というブランドのテーマにしました。

敏感なのは肌だけではない。期待が外れたとき、気まずい出来事が起きたとき、誰もが心の「繊細さ」を感じることがある。
そうした意味を込めて展開されたのが、「We’re All a Lil Sensitive――私たちはみんな、少し繊細だ」というメッセージです。

キャンペーン映像では、Lil Wayneが日常の気まずい場面に現れ、Cetaphilの商品を手渡します。さらに映像の最後では、自身のアルバム『Tha Carter VI』の発売日も示唆されました。
このキャンペーンは、PRWeek Healthcare Awards 2026のコンテンツ部門を受賞し、PRWeek US Awardsでもスポーツ・エンターテインメント部門のHonorable Mentionに選ばれています。

成功の理由は、有名人を起用したからだけではありません。

社会で多くの人が関心を寄せている「カルチャーモーメント」を捉え、敏感肌という製品カテゴリーの言葉を、人間の感情や経験にまで広げたことにあります。
ブランドが社会の会話に参加しながら、自社らしいメッセージへ変換した好例です。

 

パーパスは、立派な言葉ではなく「誰を救うのか」で決まる

日本にも、社会課題を起点にしたコミュニケーションを実践している企業があります。

私が社外取締役を務めるヒューマンライフコード株式会社は、臍帯(へその緒)から抽出される間葉系間質細胞を再生医療等製品として実用化し、従来の医療では救えなかった疾患に苦しむ患者さんへ届けることを目指すバイオ創薬ベンチャーです。

同社は、「つなぐ命のきずな つながる未来」という企業理念を掲げています。
技術的には非常に専門性の高い領域ですが、伝えるべきことは、技術の難しさや新しさだけではありません。

なぜ、へその緒が必要なのか。
それが将来、どのような患者さんを救う可能性があるのか。
そして、その実現には、出産する女性やご家族をはじめとした社会の理解と協力が必要であること。

こうした背景を丁寧に伝えた結果、同社のウェブサイトには「給料はいらないので、この会社で働きたい」という趣旨の問い合わせが届いたこともありました。

また、2025年6月には、大阪・関西万博で一般来場者向けのステージイベントを開催し、再生・細胞医療が私たちの暮らしにどのように関わるのかを伝えました。

親子で参加された方も多く、へその緒の提供が、将来、難病に苦しむ患者さんの治療につながる可能性について、理解を広げる機会になりました。

もちろん、企業活動は共感だけで成り立つものではありません。

しかし、自社が何のために存在し、誰のどのような課題を解決しようとしているのかが明確になると、人材、取引先、メディア、生活者など、さまざまなステークホルダーとの関係が変わります。

パーパスとは、立派なスローガンをつくることではありません。

自分たちが持つ技術や経験を、誰のために、どのように役立てるのかを明らかにすることです。
特に、長い歴史や確かな技術を持つ日本企業ほど、自社にとって当たり前になっている価値を、まだ十分に言葉にできていないのではないでしょうか。

「何をつくっている会社か」だけでなく、

 

「なぜ、それをつくり続けているのか」

「その仕事によって、誰の未来を変えようとしているのか」

 

まで語る。
技術を社会課題の文脈に置き直し、そこに関わる人の物語を伝えること。
それが、これからの広報PRに求められる役割であり、企業のパーパスを社会に根づかせる第一歩になるのだと思います。

 

自社の存在意義を言語化できていますか?

自社の技術や実績を伝えているつもりでも、「なぜこの事業を続けているのか」「誰のどのような課題を解決したいのか」まで、社内外に伝わる言葉になっている企業は、まだ多くありません。

特に、長い歴史や確かな経営基盤を持つ企業ほど、自社にとって当たり前になっている価値の中に、社会から共感されるパーパスの種が隠れていることがあります。

AStoryでは、企業の歴史や経営者の思い、事業の強みを丁寧にひも解きながら、その企業ならではの存在意義を言語化し、広報PRやブランドコミュニケーションへつなげる支援を行っています。

「自社の強みは説明できても、社会にとっての意味をうまく言葉にできない」と感じている方は、AStoryまでお気軽にご相談ください。

参考・引用元

*1:「PRWeek Healthcare Awards 2026」https://www.prweek.com/article/1957191/winners-2026-prweek-healthcare-awards ※会員限定ページ

*2:「The Rise of Ambient AI: A Gamechanger for Primary Care and Physician Burnout」(https://www.suki.ai/blog/rise-of-ambient-ai-a-gamechanger-for-primary-care-and-physician-burnout/

*3:Cetaphil「We’re All a Lil Sensitive」(https://www.instagram.com/reels/DFvo9FIz818/

 
 

AStoryでは、アマゾンジャパンの黎明期から戦略的広報でブランド価値向上に貢献し、2015年には日経BP社「ブランド・ジャパン」調査においてブランド価値ランキング総合1位を獲得するまでのプロセスをリードしてきた代表小西の知見をもとに、パーパス・ブランディングの構築からPR戦略立案、広報人材の育成まで一貫してご支援しています。

AI時代において、「何を伝えるべきか」「どのように意味を設計するか」に悩まれている企業様も少なくありません。もし、自社の広報の役割や育成のあり方を見直したいとお考えでしたら、ぜひ一度ご相談ください。

 
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