羽生結弦選手とアマゾン創業者のストーリーづくりの共通点

 

北京冬季オリンピック・パラリンピックでは多くの日本人選手が活躍しました。なかでもメダルこそ逃したものの、前人未到のジャンプ、4A(4回転半ジャンプ)に挑戦したフィギュアスケートの羽生結弦選手の姿に勇気をもらった人は多いのではないでしょうか。

羽生選手の周囲への気配りや応援してくれる人たちを思いやる一つ一つのインタビューを拝見していると、拙書『アマゾンで学んだ!伝え方はストーリーが9割』で紹介しているアマゾンの創業者兼元CEO、ジェフ・ベゾスのストーリーづくりと共通点があることに気づきました。

今回は羽生選手の何がこれほどまでにメディアを惹きつけるのか、ストーリーづくりの観点でアマゾンのジェフ・ベゾスと比較しながら説いていきます。

 
 

共通点1 ― 「例え話」を頻繁に使用する

まず、北京オリンピックのフィギュアスケート男子シングルに出場後、2月14日に日本オリンピック委員会(JOC)が設定した記者会見での羽生選手は、

 

「僕が特別ではなく、みんな生活の中で何かに挑戦している。大きなことだけではない。それが生きること。守ることも挑戦。守ることも大変なんですよ。家族を守ることも大変だし。何一つ挑戦じゃないことなんて存在していない。それが僕にとっては4Aだったり、オリンピックだったり。ただそれだけ。」(*1)

 

と、失敗を繰り返しながらも4Aに挑戦したことについての質問に対して答えています。

羽生選手は「挑戦」ということに対して常に目線が広く、自分の挑戦は日々の生活をおくるなかにあることと同列として語っています。ほかのインタビューでも度々言及されることの多い東日本大震災の被災者の方々含め、この話を聞いているであろう人々のことを見つめて話していることがこの例えから伺えるのです。

 

例え話を頻繁にしていたジェフ・ベゾスは、拙著にも例示しているとおり、アマゾンプライムの定額サービスを始める際の説明を誰でも想像できるように食べ放題サービス(バイキング)に例えたり、株主に実験への投資の重要性を伝える際はビジネスでホームランを狙うと4点どころか100点になることがあると野球に例えるなど、様々な場面で相手が「なるほど。確かに!」と思わせる例え話をしていました。

 

共通点2 ― 伝えたいポイントを絞る

羽生選手からは、これまでサポートしてくれた関係者、応援してくれる人、観てくれる人、記者や大会ボランティアに「感謝を伝えたい」というのが一連のメッセージで感じとることができます。その姿勢にはブレがなく、どんなインタビューにおいても誰かしらに感謝しているのです。

 

北京オリンピックの記者会見でも感謝の言葉が数えきれないぐらいでてきました。なかでも以下の感謝は共感を呼んだのではないでしょうか。

 

「この大会に関係している方々、ボランティアの方々、そして今回氷を作ってくださった方にも、感謝を申し上げたいです。(中略)本当に滑りやすくて跳びやすくて、気持ちも良い会場で気持ちの良いリンクでした。本当に、この場を借りて感謝したいと思います」(*1)

 

と語っています。ショートプログラムで不運にも氷の溝にはまりジャンプができなかった悔しさがあったと思いますが、それを言い訳にするどころか、製氷に携わった関係者に感謝の意を示したのです。羽生選手の人への感謝のこだわりを感じます。これ以外にも羽生選手にとって会見やインタビューで自ら発信するポイントは「感謝」なのだということが、これまでメディアで語られてきた内容からも分かります。

 

ジェフ・ベゾスも話している相手は目の前の記者ではなくその先にいるアマゾンのお客様でした。

アマゾンでは取材や公の場で最初に伝えるべきことを伝えるというのがコミュニケーションの方針でした。取材時などは質疑に入る前に必ず話していることがあります。自分たちのパーパスやビジョン、ミッションの話を先ず伝え、取材のテーマがどのようにこれらと関連しているかを説明します。それから質問を受けるというのが倣いとなっているのです。つまりメディアとのコミュニケーションの冒頭では必ず「大前提」をつくっておくというのはアマゾンのコミュニケーションにおいて重要なのです。

羽生選手の今回の記者会見における冒頭の「大前提」は大会関係者への感謝、そして最大のライバル、金メダルを獲ったネイサン・チェン選手への賛辞でした。一番伝えたかった内容だったのでしょう。そして、記者会見では数々の感謝の言葉を述べられました。

 

ジェフ・ベゾスのしつこいほどの「お客様のために良いもの・サービスを提供したい」を貫く思いと、羽生選手の周囲への感謝の思いは、その姿勢の点で似ています。

 

共通点3 ― 時間を感じさせる話をする

「いままで4Aを跳びたいとずっと言ってきて、目指していた理由は僕の心の中に9歳の自分がいて、なんかあいつが跳べとずっと言っていたんですよ(微笑)。

ずっと「お前へたくそだな」と言われながら、練習していて。今回のアクセルはなんか褒めてもらえたんですよね。一緒に跳んだというか。」(*1)

 

羽生選手が執念ともいえるこだわりをみせる4Aは子ども時代のコーチに「アクセルは王様のジャンプ」だと教わったことが影響しているようです。記者会見ではその頃からの思いを回想して、輝かしい戦歴の裏にあった失敗やスランプも語っています。その上で今回のオリンピックでの演技を、納得性をもって伝えてくれています。

 

実は大きな時間の流れを感じさせる話し方は、ジェフ・ベゾスの話し方の特徴の一つです。創業当時にメディアや投資家から支持されなくても、諦めずにイノベーションを重ねてきたからこそ今のアマゾンがあることを、当時と今を用いて、社員に熱心にイノベーションの重要性を伝えてくれました。挑戦の結果だけを見てもらうのではなく、その過程を描くことで想像してもらう。それによって多くの共感を得ることができるのでしょう。

 

時間性のともなった話には納得させる力があるのだと、この2人の事例をみても思うのです。

 

共通点4 ― 潔い

ソチオリンピック、平昌オリンピックと2大会連続で金メダルを獲った羽生選手は今回どのメダルも獲得しませんでした。

しかしながら、記者会見での発言は清々しいほどの潔さがあり、それに共感した方も多かったのではないでしょうか。

 

「一生懸命頑張りました。正直これ以上にないぐらい頑張ったと思います」(*1)

「僕の中ではある意味、納得してます。満足した4回転半だと思っています」(*1)

 

この潔さが応援する人たち(ジャンプの失敗に落胆している人も含め)を幸せな気分にさせたのではないかと思うのです。「もっと時間があればできるようになっていたのか」という質問にそんな簡単なことならとっくにできているという発言もやり切った感を感じさせる説得力のあるコメントでした。本人がベストを尽くして納得しているということに皆が救われたように思える記者会見でした。

 

ジェフ・ベゾスの伝え方にも潔さ、そして素直さがあります。

詳細は拙書に譲りますが、購入者に返金しなければならないトラブルが起きた際、ジェフ・ベゾスは即座に自分たちの非を詫び、即座に今後の方針について示しました。

 

まとめ

以上のように、羽生選手とジェフ・ベゾスの共通点には一貫して「ストーリー」を語るところにあります。これはファクト(事実)を語るだけよりもメディアを惹きつけ、より一層人々の印象に残りやすいのです。

あらためて今回のオリンピックで羽生選手がみせてくれた姿勢には、私たち広報パーソンとしても学ぶ点が多かったはずです。

 

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